Last Update 2023.12.27

Interview

夏木マリ×大沢伸一 RECORD STORE DAY リリース記念対談

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歌手や俳優としての活動はもちろんのこと、ダンス・パフォーマンス・カンパニー『Mari Natsuki Terroir(MNT)』の主宰者としても活躍する夏木マリ。エッジーかつ優雅な佇まいやその生き方、都会的で洒脱なファッション・センスまでもを含め、その確固たる存在感はつねに輝き続けている。今年1月に配信リリースされたそんな夏木の新作EP『Co・ro・na / 私を生きて』を手がけたのがプロデューサーの大沢伸一だ。作曲を大沢が、作詞を東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦が担当した「Co・ro・na」、そして大沢の曲にUAが詞をつけた「私を生きて」というこの2曲が、今年のRecord Store Day Japan限定商品としてレコード発売されることになった。そこで、意外にも初めてのコラボレートとなった両者の対談が実現。今回のEP制作のエピソードから、ミュージック・ラヴァー同士の音楽談義まで、終始リラックスしたムードで行われたのでその模様をお届けしよう。

取材・文:桑原シロー
写真:福士順平

 


――今回のコラボが実現したきっかけをまず教えてください。

夏木「昨年〈BALLY〉のキュレーターを1年間任されたんですが、夏にCafeをやることになって。そこでラウンジな感じの音楽を流したいと思ったとき、前々から大沢さんと何かできないかなと思っていたので、この機会にぜひお願いしようと。ずっと恋焦がれていたわけですよ。ただ音楽を作るとき普通にオファーするのではなく、大沢さんにお願いする意味を考えました。フンて言われないように…」

大沢「いえいえ、そんなこと言わないですよ(笑)」

夏木「ラウンジ音楽の最高峰はこの方です。カッコよくて、大好きです」

大沢「ありがとうございます。以前からマリさんとお会いしたとき、ご縁があったら、って話はしていたので、実際にオファーしていただいて光栄でしたね」

――曲作りの段階において、おふたりでどういったやりとりを成されたんですか?

大沢「マリさんがずっとおっしゃっていたのは、古いことをやりたくないってこと。懐かしい時代へのオマージュでありつつも、革新的なことをやりたいから、そこだけはブレないように、ってことはつねに念頭に置いていました。ただ、僕のなかでマリさんにとっての新しさを汲み取るのが難しいところもあって、何度もやりとりしましたね。結局のところは僕の考え過ぎだったというか、僕が考える新しいものでいいんだ、ってところに辿りついた。マリさんが言わんとしていたことは、あなたの考える新しくて素敵な音楽を作ってくれたらそれでいいのよ、っていうことだったんですよね」

――曲を受け取ったときの第一印象はどうでしたか?

夏木「想像どおりにカッコよかった。ただ、これを私が歌うんだ、と思ったときに、人ごとではない、って身が引き締まりました。この曲を表現するために必要な技術、例えば声の選び方ひとつをとっても慎重にやらないといけない。大沢さんの世界観が素敵なので、そこに私が入っていくには昭和の香りを引っ張っていってはいけない、とか考えましたし。とにかく私自身がイメージする〈革新的なもの〉と格闘した感じでしたね」

――“Co・ro・na”は東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦さん、“私を生きて”はUAさんが作詞をされていますね。

大沢「以前にMONDO GROSSOの“ラビリンス”で谷中さんにお願いしたとき、面白い取り組みだったという手ごたえがあったんです。それでマリさんに相談したところ、それは面白いかもしれないね、という反応をもらえて。UAも似たような経緯ですね。いろんな候補がいたんですが、歌うのがマリさんということを考えると、やはり信頼できるアーティストから選んだほうがいいだろうと」

夏木「言葉の選び方が素敵で、どちらも私には書けない詞だなと思えたし、すぐ好きになりました」

――どちらの曲も、コスミックというか小宇宙がテーマとなっていますよね。

大沢「マリさんが歌いたいことを曲にしたい、ということで何度かヒアリングしたなかで、宇宙というキーワードが多く出てきたんです」

夏木「そうでしたね。それと“私を生きて”というタイトルにもある〈人生〉ですよね。私も人生の終末に向かっているという実感があるので、そんないまの私が愛せる曲を、というリクエストをしたら、このふたりを選んでくださった」

――ところで大沢さんは〈シンガー・夏木マリ〉に対してどういうイメージをお持ちでした?

大沢「とにかく声に特徴のある方。柔らかいのに芯があって、それから悪い意味ではなくて、音程が微妙に変化するんですよ」

夏木「ハハハ」

大沢「音符にはできないような微妙な変化。この声で正確に合っていたなら、ひょっとしたら気持ちよく感じられないかもしれない。マリさん的なベンドというものがあって、それがデビューの頃からマリさんのアイコニックなものになっているんですが、それを持っているからどんなスタイルに挑戦しても、とっちらかったりせずに済んでいるのかなって気がします」

――そして今回そのお声とじっくり向き合ってみて、どういったものを得たのでしょう。

大沢「僕が今回やりたかったのは、ある特定の年代のマリさんの声と歌い方を捉えること。ご自身は、あまり器用じゃないとおっしゃるんですが、しっかりと使い分けができる方だと思うんです。関わるチームによって変化するというか、カメレオンのようにいろんなタイプの曲がやれて、いい意味で捉えどころのない表現者でもある。だからこちらもしっかりと限定的に指示を出さないと難しい」

夏木「とっちらかってしまうんですね(笑)」

大沢「男性的に激しく歌うだとか、または女性的に柔らかく歌うだとかも含めて。それを踏まえたうえで、僕の思い描いていたストライクゾーンに近づけていくことができたかなと思います」

――ということは、作業はけっこうすんなりと進んだのですか?

大沢「いや、僕が要求するものはけっこうシビアなものが多かったと思う。譜割りや声色の使い方とか細かいことですよね」

夏木「すっごいカッコいい分、歌い手としては難易度は高く感じられましたね」

大沢「特に“Co・ro・na”のほうは、革新的なものをやりたいと突っ走ったので、大変だったと思います。反して“私を生きて”はメロウな作風なので、以前のマリさんと地続きのイメージになっていると思う。そういう意味で、しっかりコントラストが付けられたかなと」

――ジャニス・ジョプリン愛を大きくシャウトする夏木さんのイメージとはガラリと違う世界観があって、やっぱり俳優だなぁと思わずにいられませんでした。

夏木「まったく意識できていないんですよね。自分が好きな歌を唄いたいときに歌う、ってことを心がけているだけで。最近だと、ブルーノートのライヴでは曲をジャジーな世界観にしたり、夏フェスに出るときはロックにシャウトしてるんですけど、私としてはそのときに感じたものをそのまま唄いたいと思ってます。一時期悩んだんです。どういうジャンルのアルバムを作ればいいか、どういうライヴをすればいいか、って。でも近ごろは腹を括りました。今回は大沢さんとひたすらカッコいい曲をやろう、ってことだけ。それで夏になればきっとブルースロックがやりたくなるだろうって。そういうふうに考えられるようになったことで、ようやく音楽を楽しめるようになりました。大沢さんとご一緒するようになったあたりから、ちょっと吹っ切れたんですよ」

大沢「そう言ってもらえるとありがたいですね。そもそも音楽をやっている人間って、自分が好きな音楽を全部やってみたいものなんですよ。ただ、そうするとポリシーがないとか言われるし、誤解を恐れるがゆえに尻込みしてしまう。だからプロジェクト名を変えてやったりするんですけど、特に歌手はやりづらいでしょうね。でも僕もかつてはよく言われましたよ。なんで君、ジャズをやっていたのにダンス・ミュージックをやり出したの?とか。でも、そんなの当たり前の話ですよね。ひとつのことを突き詰めるのは伝統芸能の形としてあるのかもしれないけど、音楽を好きになればなるほどいろんなことをやりたくなるもの。マリさんがその境地に至ったときに関われたことは僕にとって大変光栄ですね」

夏木「今回いちばんカッコいいところを突き詰めました。」

大沢「いえいえ、まだまだ先に行けると思いますよ(笑)」

――では、ここからアナログ・レコードについての質問をしたいのですが、昨今若い子たちがレコードの存在を新しいものとして受け入れている傾向をどう思いますか?

夏木「私はアナログで育ってきた世代なのでこれが普通の形だと思っています。世の中がいろいろ変化して来たけど、また元のところに戻っていってるな、って感じがしないでもない。やっぱり配信で聴くよりも、アナログだと違ったものが聴こえるのは気のせいなのかしら」

大沢「それは確かにあると思います」

夏木「そうですよね。だから敏感な若い子たちがアナログに飛びつくのはすごくわかる気がする。ジャケットも重要ですよね。私も昔は、ジャケ買いとかよくしたもんです。これなんだろう?って手に取ってみたけど、大失敗してガッカリしたり。そういう冒険をしてきたから、ジャケットが無いなんて信じられないわけですよ」

――アナログ・レコードでしか表現し得ないものを追求されてきた大沢さんにとってこの現状はどう映りますか?

大沢「驚きはまったくなくて、当然の方向性って気がします。レコードには、他のものに置き換えられない魅力がある。レコードって生まれてこの方、途絶えてしまったことが一度もないんです。CDが出てきたときも、ほかのメディアが出てきたときも無くならなかったんですよ。そこには確固たる理由がちゃんとあって、みんながいまでもそれを探究し続けている。その部分をもっともっと探究すべきじゃないかと思いますけどね。CDとかと比べたら不便だし、他よりも高価なのにも関わらず、欲しくなる理由ってどうしてなんだろうか。みんなそこをわかっているはず。僕が思うに、みんな音楽にコミットしているって実感を得たいがためにレコードを求めるんじゃないですかね。それと、音楽をかける装置じゃないもので音楽を聴かなくてはいけない、って状況にみんな疲れたんだと思う。あれ?もともと音楽とどうやって向き合っていたっけ?と考え直したとき、ふとアナログを思い出した。そしてレコードをかけて気付くんですよ、そうだった、俺はこうやって音楽に参加してたんだ、っていうね」

夏木「SNSとか伝達の方法はいろいろあるけど、でも最後は、フェイス・トゥ・フェイスで話したほうがいい、ってことがあるじゃない? なんかそういう感じがします。いま音楽を聴いているこの時間は私だけのパーソナルなもの、って実感がより得られる気がする。ファッションと同じで、自分だけのお洒落、というような、自分だけの音楽ってものが明確になるんじゃないかな」

――形あるものを手にすることによって、計り知れないものを得ますからね。ところで、初めて買ったレコードをおぼえてらっしゃいますか?

夏木「私はアニマルズの〈朝日のあたる家〉のシングル」

大沢「それカッコよすぎますよ!」

夏木「(笑)。私が好きだったグループサウンズのバンドが歌っていたんですね。なんていい曲歌うんだろう、ってウットリしていたら、トントンと肩叩かれて〈あのね、これはカヴァーです〉って教えられて、エ~!ってなって(笑)。それでレコード屋さんに行ったらそこに本物があって、すぐに買いました」

――ちなみにカヴァーしていたGSのバンドというのは……?

夏木「京都のザ・タックスマンってあまり知られていないバンドなんだけど(※フラワー・トラベリン・バンドの上月ジュンを中心とした5人組)。私、同じ地域だったもんだから、ショーケンさんがいたザ・テンプターズのことが大好きだったんですよ。ショーケンさんが16歳で、私は14歳。で、みんなで応援しましょうってことで、親衛隊みたいなことをやってたの。ただ、そのうち彼らがスターになっちゃったもんだから、そばにいられなくなってしまって。で、彼らと対バンしていたのがザ・タックスマン。タイガースのB級版みたいなバンドで(笑)フリフリな衣装を着ているんだけど、ゴキゲンな曲を歌うという」

――へぇ~、覗きこんだのがいきなりディープな世界だったんですね。

夏木「そうなんですよ。で、女性ヴォーカルを探していたときにジャニス(・ジョプリン)に行き当たり、ビックリしてしまうわけです。とにかくカッコいいなぁ、と思って、その頃からバンド形態のフロントに立つというのが最大の夢になるんですね。でも歌謡曲でデビューしちゃったから、ジャニスは唄えないでしょ。だからブルースやロックはずっと聴いているだけの世界だった。大沢さんは何でした?」

大沢「自分で初めて買ったのは“およげ!たいやきくん”かもしれない。小さい頃よく歌っていたのは“黒猫のタンゴ”なんですけどね。親に歌わされていたんですよ(笑)。それから西城秀樹の“傷だらけのローラ”はお金を持って自分で買いに行ったことははっきりとおぼえてます。フランス語ヴァージョンが入ったEPなんですけど」

――では、人生でもっとも衝撃を受けたレコードといったら?

大沢「イエロー・マジック・オーケストラのライヴ盤『パブリック・プレッシャー』ですかね。日本人が聴いたこともない音色で音楽をやっている、ってことにすごく衝撃を受けまして。YMOを買っていなかったら僕は音楽をやっていなかったでしょうね」

――現在もアナログで聴く割合って高いですか?

大沢「CDもいっぱい持っているんですけど、アナログがある作品はそちらを選びます。ただ現在はアナログは〈GINZA MUSIC BAR〉(※彼がプロデュースしている音楽バー)に持っていっちゃってるんで、お店にいるとき聴くのは100%アナログですね」

――夏木さんの人生の1枚は?

夏木「やっぱりジャニスの『Pearl』ですかね。歌いたい、と思った出発点ですもんね。こんな声で歌えたら、と強烈な印象を受けました」

――大沢さんは新しい音楽を探す場所としてレコード・ショップを利用されていると思うのですが。

大沢「僕は選曲家でもあるので日々音楽を探しているんですが、気に入ったものはまずアナログを探します。いろんなショップを利用しますが、見つからないものはDiscogsで探します。どんなレア盤でもかならず1枚は売りに出されているんですよ。最近だとUKのブラック・ミディというすっごいヘンなバンドのシングルを探しているんですが、めちゃくちゃ尖っているんですよ。でも発売と同時に完売してしまって、いまだとだいたい100ユーロぐらいの値段になっている。そういうのを探してますね」

夏木「へえ~、聴いてみたい」

大沢「新譜は通販が多いですが、基本的に中古はレコード屋さんで探します。まぁ、かつてレコード屋で働いてましたからね。お店で教えてもらったこともいっぱいありますし。いま音楽がかかっている場所自体が少ないじゃないですか。音楽の市場を拡大させようと思うなら、音楽が鳴る場所を作れ、って話なんですよ。〈GINZA MUSIC BAR〉もそうだったんですが、ロックやジャズとかジャンルにこだわらず、いろんな音楽が流れているスペースがなかったことがやり始める動機になっていて。まぁ状況は徐々に良い方向に向かっているとは思うんですけど、まだまだ足りない。音育じゃないですけど、新しい音楽と出会う場所がないのに、新しい音楽が出てくるわけがないじゃないですか」

夏木「そうね。過去はレコード屋が勉強の場所だった。あの頃はオシャレなお店じゃなくても、浅草のレコード屋のおじさんまでいろんな知識を持っていて、いろんなことを教えてくれた。で、みんなちょっと怖そうでね」

大沢「試聴も何枚までだったら怒られないかな、とか考えながらしてましたよね」

――最後に理想とするレコード屋の形というと。

大沢「あまりジャンルに偏ってはいけないと思うんだけど、その店それぞれの特色を打ち出したお店はこれからもどんどん増えてくる予感はありますね。小さいけれど、ものすごい知識に溢れたお店。理想というと、ラフ・トレードのような形ですよ。レコードとレーベルがいっしょになっていて、世界中からピックアップした面白い音楽と自分らが自信を持って作った音楽をいっしょに出せるという。あれができたら奇跡でしょうね。やろうとしてますけどね」

夏木「大沢さんならできるんじゃない? ぜひやってほしい」

――僕もそう思います。本日はどうもありがとうございました。

 


リリース情報


アーティスト:夏木マリ
タイトル:Co・ro・na / 私を生きて
レーベル:TOYOKASEI
フォーマット: 7inch
販売価格: 1800円(税抜)
品番: TYO7S1012
発売日:2019年4月13日(土)

詳細はこちら
https://recordstoreday.jp/item/078_tyo7s1012/