BEHIND THE SCENEVOL.4|2021.01.29 update

2020S 箱制作チームfrom 宮崎県諸塚村 インタビューInterview with2020S box creative team
from Vill.Morotsuka pref.Miyazaki

坂本の1年の活動をまとめる2020年度コンプリートボックス『2020S』の発売に向けて、完成までのヒストリーや今作に込められた各人の想いを紐解く「BEHIND THE SCENE」。前回はNYで作業を行う坂本の様子をお届けしたが、日本でも作品完成に向けて、着々と準備が進んでいる。

中でも時間を要しているのが、LPや「陶片のオブジェ」などを収納する木箱の制作である。今作のトータルデザインを担うデザイナー・緒方慎一郎は、「日本の精神性を象徴する存在」として、ボックスデザインに木箱を採用。デザイン案をもとに、木箱制作に臨むのは、宮崎県・諸塚村の人々である。今制作に伴い、諸塚村側は「2020S箱制作チームfrom宮崎県諸塚村」と銘打ち、特別チームを発足。今回、チームを代表して、ディレクションを担当する諸塚村企画課長を務める矢房孝広と、木工業を営む職人・那須幸雄にインタビューを敢行し、木箱制作に込める想いから、自然と人との在り方について語ってもらった。

優れた森林資源と確かな技術で、信頼を誇る
宮崎県・諸塚村

宮崎県・諸塚村。自然に恵まれた土地で、四季の変化を肌身に感じながら日々を過ごす人々は、おおらかで温かく、ユーモアに溢れている。質問に真摯に応えながらも、冗談交じりで会話を和ませる矢房と那須の姿を見て、そう思った。矢房は諸塚村の村職員であり、企画課の課長。地元の恵まれた森林資源を活かすべく、日々地域振興に努めている。一方那須は、宮崎県北部にある美郷町・西郷田代にて、木工業を営む職人である。建具職人として修業を積み重ね、独立して現在に至る。この道50年を超えるベテランの職人だ。両者は、坂本龍一が代表を務める森林保全団体・more treesと深く関わる存在である。

「more treesとは10年以上前からお付き合いがあります。今回もmore treesを経由してお話をいただいたのですが、すぐに前向きに取り組もうと決め、那須社長に相談を持ち掛けました。指物細工は那須社長の得意な領域だと思ったので、彼ならきっとできるだろうと思っていました」(矢房)

諸塚村の山々には、針葉樹や広葉樹の木々が
すくすくと育っている

諸塚村は、more treesが森林の保全活動の一環として国内外に展開する「more treesの森」に、2010年より参加している。さらに矢房・那須は、more treesと建築家・隈研吾のコラボレーションで話題となった「つみき」の制作にも携わっている。「つみき」はさまざまな場所でオブジェとして展示された他、海外で“日本のレゴ”と呼ばれるなど、おもちゃとしての積み木の常識を超えた存在として、世界から大きな注目を集めた。これほど積み木に多様性を生み出せたのは、諸塚村の質の優れた資源と、那須の繊細な職人技があったからだろう。

「more treesの“つみき”から始まり、矢房さんからはいつも奇想天外の話が飛び込んできます。私は宿題を出されて、それをこなしていくつもりで取り組んでいる…というのが率直な感想です」(那須)

今回、坂本自ら「more treesの木を利用したい」と発案し、依頼先を探す運びとなった。予てから森づくりに真摯に努める姿勢や、「つみき」で提示した木材の品質の良さ、技術力の高さから、more trees側はすぐに“諸塚村にお願いするしかない”と決めたそうだ。
「今回のお話を聞かせていただいた時、とても素晴らしい企画だと思いました。音楽作品の一部を木で作ろうという発想を持ってくださったのが、とても嬉しいです。ピアノやバイオリンなど木の楽器は多いので、本来あるべきはずのものですが、現代では未だ誰も実現できていなかったことだと思います」(矢房)

『2020S』の先鋭的取り組みに、チーム一丸となって取り組む

桐ならではの特性を楽しんでもらえる
作品を目指して

当初の予定では、11月頃より本格的な製作が開始される予定だった。しかし、木箱は特殊なデザインとなっており、細部まで図面通り仕上げるのは、高い技術を持つ職人でも至難の業である。度重なる微調整を続け、インタビューを行った日の朝に、ようやく最終図面が届いたところだった。

「一番の課題は、細かなデザインに対し、木材がどこまで応えられるかです。木には特性があり、デザインによっては形が実現できない、または維持ができないという場合もあります。私たちとしても、木材の特性をお伝えしながら、緒方さん、坂本さんたちの理解を得つつ、最後納品まで進めていきたいですね」(矢房)

綿密なデザインを再現するべく、細かな調整を何度も繰り返した

木箱の素材には、桐を使用する。現在日本で使用されている桐材には輸入材が多いが、諸塚村では個人の家の近くの山林で桐が残っている。また、諸塚村は日本で初めてFSC®認証を得た村としても有名だ。FSC®認証とは、森林保護を前提に、適切な管理のもと育て、使用していることを証明する認証制度のことだ。諸塚村では森全体はもちろん、流通経路もすべてFSC®認証を取得している。国内で大切に育てられ、確かな品質が認められている桐材は、諸塚村ならではの素材といえよう。

「昔は、娘が出来たら桐の木を植え、娘が嫁入りする時に、成長した桐を材料として家具を作る…というような風習がありました。それだけ桐は育ちが早く、それゆえに木目が粗いのが特徴です。しかし、木材自体は軽くて虫がつきにくく、接着剤の付きも良い。仕上げた後も、光の当たり具合によって色が変化していきます。こういった桐の特徴を楽しめるような作品に仕上げたいです」(那須)

『2020S』にも認証を受けた桐材が使用されている
手作業のもと、丁寧に寸法を合わせてゆく

木々の些細な違いから、情緒を楽しむ

ものづくりを行う側も、手に取る側も、木材の手触りや見た目にこだわるのは同じだ。しかし、整えられたものだけが理想的であるとは限らない。矢房によると、日本人は家具などに厳しい目を持っており、何の弊害がなくても、手で触って少し凸凹があるだけでクレームに発展することも多いそうだ。しかし、自然のものに歪みのないものなどほとんどない。

「ここ50年ほどで、プラスチック製の木に似た素材が人の生活に慣れ親しまれるようになりました。その一方で、本当の木というものが、あまり知られなくなってしまった。誤解されている部分も多く、十分な正解にまで辿り着けている人は少ないでしょう。木の特性によりできてしまうものに対して、“これが良いんだよ”と言えるような世界を作っていくのが、私たちの目標のひとつでもあります」(矢房)

矢房の言う“十分な正解”というのは、木に対する正しい“理解”である。斜面や平坦地、または高い山の風が当たる場所など、木はさまざまな環境下で育つため、それぞれ形や特性が異なる。人間が、生まれつき持つもの、そして育ってきた環境や体内に得るもので、一人一人異なる個性を育むように、木々もまた、それぞれが個性を育んで生きているのだ。

一つ一つの丸太が異なる色、異なる模様を持っている

「日本の昔の家は木材を使用しているので、経年劣化により反りやひび割れが出てきますが、これは木が呼吸をして生きているからです。木製のものに反りや割れが出てくるのも、これまた自然現象なのです。そういう部分を“可愛いね”と愛してくれたり、愛着を持って接していただくと、日本の心が伝わると思います」(那須)

木々のまだらな色味、木目の乱れ、表面の凹凸、反りや割れ。これらが木々それぞれの性格や特徴、年を取る姿だと思えば、我が子のように愛おしく思えてくるのではないだろうか。情緒を楽しむのもまた、木箱の魅力となるのだ。

環境によって異なる変化を見せるところも、木箱の楽しみの一つ

『2020S』を通じて感じる、自然と人を繋ぐ
人々の想い

年々テクノロジーは進化し続け、人が不自由と思うものが一つひとつ消えるたび、自然もまた一つ消えてゆく。けして、周りが勝手に変わったわけではない。「これまでは、人間の都合に合わせて自然を無理やり変えようとする発想が強かったように思える」と矢房は厳しく言及した。

「10年前に大震災があった時も、“これを機に自然のことを考えていかなければいけない”と世の中がシフトしていくと思いきや、未だに堤防を作り、ダムを作っている。けれど、“そうじゃないでしょう?”と本能的に気づく人が、少しずつでも増えてきているように思います。こういった環境にある中、自然と人を繋ぐ人たちがもっと存在すべきです」(矢房)

自然回帰が求められる2020年という特別な環境下で生み出される『2020S』は、自然と人が繋がる作品であり、自然を守ることを第一に掲げ、自然と共生してきた矢房や那須の想いを象徴するものでもある。『2020S』を通じて、彼らの想いに触れることで、購入者にとって新たな気づきや、発見に繋がるかもしれない。

木箱には、チームみんなの想いが込められている

「私は“つみき”に携わり、諸塚村と交流するようになってから、一つ一つの素材を大切にし、余すことなく使おうと思うようになりました。先日、九州の原生林を直に見てきたのですが、今にも壊れそうな自然の姿を見て、より一層木々を大切に利用し、より良いものを作ろうという気持ちが強くなりました。実際に見て触れて、感じないことには始まらないこともあります。音楽も同じだと思います。坂本さんも、自然を見ることで、聴こえてくる音があるのでしょう」(那須)

実際に、坂本は誰よりも自然の在り方を見つめ、音楽へ投影してきた人物だろう。『out of noise』で北極にまで赴き、人の手が施されていない自然に触れ、その尊さを知った。坂本も矢房も那須も、純粋な自然に触れることにより、“人間の意のままに自然を扱うことはできない”という答えへ辿り着く。

「自然は優しいものではないので、人間の都合で良いところだけ切り取っているようではいけません。時に、人間の方が適応していかなければいけないこともあります。人間は自然と向き合い、寄り添いながら生きることが大切です。その大切さを伝えてゆけるよう、努力していきたいです」(矢房)

健やかに保たれた山々は、諸塚村の人々の努力の結晶である
貴重な森林資源を余すことなく使うため、全行程で綿密な作業が行われる

自然と人工的な力のバランスを取れば、
“自然のあるがままの美”を残せる

自然と人を両極端に分けて考え、どちらかに傾倒する選択を取っていては、二つが共存することはできない。自然それぞれの個性を最大限に活かしながら、我々の生活に取り入れるためには、“技術”という人工的な力が求められる。

「例えば、杉の木をものづくりに使用するため、木の中にある水分を抜くとします。自然乾燥では反りが出てしまうため、人工乾燥を行うか、木の特性に合わせて、反りを相殺するよう組むといった技術が必要となります。しかし、人工的に調整し過ぎてしまうと、木そのものの細胞が破壊されてしまい、ただのプラスチック製品と同じようになってしまいます。自然と付き合っていくためには、技術者の都合や、人間のわがままだけ推し進めるのではなく、技術でカバーしつつも、自然と人工的な力のバランスをどう折り合いをつけていくか、考えることが大切です」(矢房)

いくら良い素材が大量にあっても、技術者がいなければ有効活用することができない。自然と人間が上手に付き合っていく方法を見出すことが何よりも必要なのだと、矢房は言った。実際に、自然の素材を利用してものづくりを行う那須は、「自然を相手にする上で、完璧を求めていてはいけない」と語る。

「私がこれまで制作してきたものもすべて完璧ではなく、自分にとって7割程度の出来のものばかりです。この道を50年歩んできた身でも、不安になり、眠れなくなることがあります。しかし、時には“これは良いね”と自分が作った作品に対して高まることもある。こういった気分の差も、人間らしいなと思いますし、自然らしさもあると思います」

残り3割の余韻が、自然らしさ引き立てるポイントとなる

あえて人間の思惑を外し、歪な部分を残すことで、自然と人間は呼吸を共にすることができる。そして、歪と捉えられる部分にこそ、自然の美は宿る。これは坂本が、音楽で追及してきたことでもある。坂本が今作で行った“陶器を割る音を音楽にする”という行為も、今作に同封する「陶片のオブジェ」も、音楽作品や陶芸品として見れば異端な存在になるかもしれない。しかし、人の手が侵されていない領域にだけ潜む音色や感触、表情を拾うことができる。坂本も那須も、ものづくりを行う職人として“自然のあるがままの美”を追い求め続けるのだ。

「自然林で自由奔放に育ち、曲がりくねった木にも良さがあり、それが美になります。人間でいえば、頭がいい人もそうでない人も美しさを持っています。森づくりも人づくりも、そしてものづくりそうですが、素材そのものの良い所を引っ張りあげることで、自然と悪い所も直ってくるものです。それぞれの自然の良さを共有できればいいなと思います」(那須)

那須はこれからも、自然の魅力を活かすものづくりを
目指し続ける

木箱から伝わる優しさに、身を委ねて

『2020S』は一つの音楽作品として、そして一つのアート作品として、今作に携わるすべての人の想いを抱え、購入者の手元に届く。矢房や那須をはじめとした2020S箱制作チームfrom宮崎県諸塚村が手掛ける木箱は、収録作品から人々の想いまで、そのすべてを包む役割を担っている。彼らの記憶や想いもまた、作品を通じて坂本や緒方と、そして今作を手に取る人々と記憶や想いが繋がり合う。いよいよ木箱制作も最終工程に進む中、矢房と那須は「木箱自体の感触や変化にも注目してもらいたい」と言う。

「木は生きているものなので、木の良さと問題点の双方を理解していただきながら使っていただくことで、愛着が湧いてくるものだと思います。変化を楽しみながら、物を大切に使っていただくことに繋がれば良いなと思います」(矢房)

「作品を作る中で私ができることは、優しさを込めることです。私自身、いつも他の職人にも“触れた時の感触から優しさが伝わるようになれば、一人前になるね”と言っています。か つては、自分の技術を以て、良いものを作っていこうとばかり思い込んでいましたが、今では木材にも愛情を持ち、優しさを込めています。悩みがあったけど、音楽を聴いたら解けた…ということがあると思うのですが、同じように、木箱の丸みに触れることで、優しさを感じてもらえたり、同じような気持ちを体験していただけたら嬉しいなと思います」(那須)

文=宮谷行美
写真(森、伐採工程、製材)=YusukeMori(HachiHachi)
写真(もっくわーく那須工房)=Shohei Kai(YAMA TO BOKU)